運命の赤い糸

大野城市にあるイオンシネマへ行ってきました。

恋人と”君の名は。”を見に行きました。
映画「君の名は。」を見て久々に前世について思いをはせることになりました。

私自身、この映画に出てくる「魂のかたわれ」がいつ自分自身の現実となるのか、
それとももう目の前で起こっているのか、正直、確信はしていません。

でも、短い人生もしそんな人と出会って、生きていく事が出来るなら、それはもう
この世に生まれて、死ぬまでの課題をほとんど終わらせたようなものなのかもしれません。

子どもの頃、自分は生まれてくる前はどこにいたのだろうと想像したことがありました。
自分のことが知りたくなり、占いや、図書館の本で前世についての本を読んでみたりしました。
この時期知ったことには、自分は、お金の管理が得意だった商売人だったり、インドのお姫様だったり、
家庭に恵まれた普通のこどもだったりしました。

でも、見てきたわけでもないので信じるというより、あれこれ想像して楽しんでいるだけでした。
私自身は他の誰とも違う特別な存在で普通の女の子じゃない。そうやって自分に言い聞かせて、満足する。
たったそれだけのことでしかなかったのです。

ある日、夢を見ました。
そこは洋館の建物で、室内には豪華な絨毯が敷いてある、とても広い屋敷でした。
国は不明でした。日本かもしれなかったし、どこかの外国かもしれませんでした。
長い階段をドレスを着たわたしらしき人物がきれいな人形を抱いて歩いてくるところで、目が覚めました。
わたしは、これは前世の記憶かもしれない、そう思いました。
その話を母にすると、自分の思い込みだ、と言われたのを覚えています。
前世でのわたしの存在価値は、私自身では見つけることができませんでした。

運命の赤い糸は子供から大人まで誰もが話題にする話です。
幼稚園の頃なんかは、「運命の赤い糸だー」といって誰かと誰かの持ち物や手に赤い毛糸を結びつけて、からかい半分で遊びのネタにされたものです。
大人になって、ある人なんかは「運命の赤い糸はたくさんある」と言ったりしていました。
本当に運命があって、糸がその人同士を導くのなら、こんな楽なことはないだろうとさえ思います。
努力が要らないのですから。
自分はただ信じて待ってさえいればいいのですから。
でも、待てずに、とうとう赤い糸ではなく、結ばなくていい黒い糸を結んでしまう人もいるのでしょう。

わたしは、運命の赤い糸はなにも人同士でだけ現れる現象でないと思っています。
もちろん人との出会いは大切ですし、人は一人で生きていく事などできないのは分かっています。
一生、孤独を抱えて生きて行けなどと言うつもりはありません。
けれど、一生の仕事に出会って、独身でも幸せに生活している人はたくさんいます。
逆に、家庭を持ったけれど、パートナーに裏切られて、恨みつらみをかかえついに自殺してしまった人もいます。

わたしは今、赤い糸をつかめている?正直わかりません。
なにが自分にとってのベストなのか。これを常に意識して生きていくようにしています。
そうしたら自分の軸がぶれません。恋人がいないからと周りを羨んだりしなくてすみます。
自分の運命は分かるときに分かればいい、そう思います。

自分の人生は自分自身でしか作り上げることはできませんし、願いをかなえる特別な方法もあるわけではありません。
もし、占いで、運命の赤い糸に出会った事があるという人が現れても、その言葉をわたしは信じはしないでしょう。
けれど、人は信じることで奇跡を起こせます。
自分は特別だ、自分は願いを叶えられる特別な力を持っている、そう信じ込むことで、本当に運命の赤い糸をつかんだ。
そう言われたほうが、占いよりよほど信じられます。

つまりは、こんなのです。

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